研究分野

網膜疾患

網膜疾患

網膜疾患は、 視力低下や失明の主な原因となる病態の一つです。日本医科大学眼科では、 これら疾患の診断・治療の向上、 患者の視覚的QOL(Quality of Life)の改善を目指し、 臨床研究と基礎研究の両面で数多くの貢献をしてきました。
以下、 疾患別に主要な研究テーマを取り上げ、 詳細に解説します。

網膜硝子体疾患の臨床研究

黄斑前膜に関する研究と知見

黄斑前膜は、網膜中心部に線維性の膜が形成される疾患で、物が歪んで見える(変視症)、視力低下、さらにはコントラスト感度低下を引き起こします。日本医科大学眼科では、黄斑前膜に関連する視覚機能障害、術後の回復過程、予後因子に関して、包括的な研究を行っています。

術後の変視症改善と予後因子の解明

変視症は、黄斑前膜患者の代表的な症状であり、患者の視覚的QOLに大きな影響を与えます。私たちは術前および術後の変視症の経過を詳細に解析し、予後に関与する因子を明らかにしました。

術前後の変視症評価

術後変視症の改善傾向

硝子体手術後、変視症は術前の3~4割程度に改善しますが、完全に消失するケースは少ないことが示されています。この変視症残存の程度は、術前の網膜内層(INL)の厚さと強く関連していることを明らかにしました(Retina, 2015; Invest Ophthalmol Vis Sci, 2012)。

INL厚の影響

INLの厚さは、黄斑前膜による網膜内層の浮腫や変形の指標であり、この部分が厚いほど術後の変視症が強く残存する傾向があります。この知見は、術前OCT(光干渉断層計)所見を用いた予後予測に役立つ重要な情報です。

術後の変視症の経過と残存原因

術後変視症が残るメカニズム

術後に変視症が残存する理由として、網膜神経線維層や網膜内層の不可逆的な変性が挙げられます。特に、内境界膜(ILM)の剥離手技が黄斑周囲の微細構造に影響を与える可能性が指摘されています。

視力回復以外の視覚機能の改善

視力は治療効果を測る一般的な指標ですが、私たちは視覚の質(Quality of Vision, QOV)を反映する指標であるコントラスト感度や読書視力、立体視にも注目し、研究を進めています。

コントラスト感度の改善:術後のコントラスト感度は改善傾向を示し、患者のQOLを向上させることが報告されています。しかし、術後のコントラスト感度が正常眼レベルに達する割合は限られており、術前の網膜浮腫の状態が回復度に影響を与えるとされています(Invest Ophthalmol Vis Sci, 2014)。

不等像視の変化:黄斑前膜はその約9割が大視症を呈し、手術によりなかなか軽減しません。網膜構造との関連を調べると、術前後の不等像視量はそれぞれ網膜内層(INL)の厚さと関連があり、術後不等像視量の予後因子は術前のINLの厚さでした(Ophthalmology. 2014)。

立体視の改善:視機能の中でも非常に高度な機能です。黄斑前膜では治療前の視力低下や不等像視が立体視の低下と関連していることを報告しました。また黄斑前膜の患者は、手術後視力が良好であっても立体視は健常者レベルまで改善しないことも報告しました(Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol. 2014, Retina. 2015, Ophthalmology Retina 2019)。

視覚関連QOLの改善:黄斑前膜は、視力だけでなく、日常生活での「物の見え方」に大きな影響を与えます。私たちの研究では、術後の変視症改善が視覚関連QOLの向上に直結していることが示されています(Am J Ophthalmol, 2009)。これらの知見は、術前説明における有用な情報となります。

黄斑円孔に関する研究と知見

黄斑円孔は、網膜の中心部に穴が開く疾患であり、視力低下や変視症、小視症を引き起こします。黄斑円孔の発生機序、手術成績、術後の視覚機能、患者の視覚的Quality of Life(QOL)に至るまで、日本医科大学眼科では多方面から研究を進めています。以下にその詳細を記します。

黄斑円孔の発生機序と病態理解

黄斑円孔の発生には、網膜の機械的牽引と生物学的変化が関与していると考えられています。私たちの研究は、黄斑円孔の形成要因に関する理解を深めるとともに、病態の個別性が治療計画に及ぼす影響を明らかにしています。

機械的牽引の役割

後部硝子体剥離による牽引や内境界膜(ILM)の硬化は、黄斑円孔の形成を誘発する主な要因として知られています。岡本氏は、OCT(光干渉断層計)を用いた解析で、これらの牽引が網膜構造に与える影響を可視化しました。

生物学的因子の関与

円孔形成部位での炎症や酵素活性が網膜組織の弱化に寄与する可能性も指摘されており、これらの知見は治療の個別化に役立つと考えられます。

黄斑円孔手術の成績と予後因子

黄斑円孔の治療法は硝子体手術が第一選択ですが、その成功率や視力改善の程度には個人差があります。私たちは手術成績と予後因子の関連性を詳細に研究し、以下の知見を提供しています。

術前円孔サイズと術後成績

最小円孔径と術後視力の関連

術前の円孔径が小さいほど、術後の視力改善が良好であることを明らかにしています。この知見は、患者への術前説明や治療計画の立案において重要です(Retina, 2017; Sci Rep, 2020)。

円孔底径と外境界膜(ELM)欠損長

円孔底径が大きい場合やELMの欠損が広範囲である場合、術後の視力改善が制限されることが示されています。これにより、術前のOCT解析が術後予後の指標として重要であることが示されました(Ophthalmology, 2016)。

術後視機能、QOLの回復

変視症の改善:術後の変視症は一定程度改善するものの、完全には消失しないケースが多いことを明らかにしました。術前の円孔サイズや周囲網膜の構造が変視症の予後に影響する可能性があります(Retina, 2017)。

小視症の発生と回復:黄斑円孔患者は術前に小視症を訴える場合がありますが、手術によって視力が回復するにつれて小視症が軽減することを確認しました(Ophthalmology, 2016)。

視覚関連Quality of Life(QOL)の改善:手術により視力だけでなく、変視症や小視症の改善がQOL向上に寄与することが示されています。この知見は、治療の最終目標が視力回復だけでなく患者の生活の質向上であることを示しています(Br J Ophthalmol, 2009)。

コントラスト感度の役割

コントラスト感度の改善が視覚の質(Quality of Vision, QOV)を向上させ、QOL改善の重要な因子であることが示されています。術後のコントラスト感度回復が患者満足度向上に寄与することを報告しました(Invest Ophthalmol Vis Sci, 2014)。

黄斑円孔手術における手技の最適化

黄斑円孔手術の手技についても私たちは詳細に研究し、治療効果を最大化するための手法を提案しています。

内境界膜(ILM)剥離の意義

ILM剥離の効果

ILM剥離により黄斑周囲の牽引を軽減し、円孔の閉鎖率が向上することが確認されています。しかし、剥離が網膜微細構造に与える影響も考慮する必要があります。

内境界膜翻転法

大きな円孔や再発例において、内境界膜の翻転法(inverted ILM flap technique)が有効であることが示されています。この手技により円孔の閉鎖率が向上し、術後視力も良好となるケースが多いことを明らかにしました(Sci Rep, 2020)。

私たちの黄斑円孔に関する研究は、手術成績の向上や視覚機能の改善、さらには患者の生活の質向上に至るまで、網膜硝子体疾患の治療における新たな視点を提供しています。これらの知見は、黄斑円孔治療の最前線での実践において非常に有益であり、臨床的にも基礎的にも大きな意義を持っています。

裂孔原性網膜剥離に関する研究と知見

裂孔原性網膜剥離(RRD)は、網膜裂孔を通じて網膜下に液体が侵入することで網膜が剥離する疾患で、治療しない場合は失明に至る可能性があります。日本医科大学眼科は、RRDの手術方法、術後視覚機能、合併症の予防、患者の視覚的QOL(Quality of Life)向上に関する多岐にわたる研究を行っています。

裂孔原性網膜剥離の手術方法と治療成績

RRDの治療には、強膜バックリング術や硝子体手術などの外科的手法が用いられます。岡本氏はこれらの手術法における成功率や術後の視覚的影響について詳細に研究し、手術成績向上のための知見を提供しています。

硝子体手術の手技と成績

硝子体手術の優位性:私たちは微小切開硝子体手術(MIVS)を用いた治療が高い成功率と低侵襲性を持つことを示しています。MIVSは眼内操作の精度が向上し、患者の術後回復が早い点で利点があります(Retina, 2017)。

術後の網膜復位率:RRDに対する硝子体手術の網膜復位率は、初回手術で90%以上に達することが示されています。術中に液体-空気置換やシリコーンオイル(SO)注入を用いることで、網膜の安定性を向上させることが可能です(Am J Ophthalmol, 2014)。

強膜バックリング術の有用性

若年患者への適応:若年患者における強膜バックリング術が、硝子体手術に匹敵する成功率を示すことを報告しています。この手術法は、水晶体の透明性を保持する点で特に有用です(Acta Ophthalmol, 2019)。

術後の視覚機能との関連:強膜バックリング術後は、眼球形状の変化が高次収差や乱視を増大させる可能性があります。これにより視覚機能が一時的に低下するものの、網膜が安定すれば視機能の回復が期待できます(Ophthalmology, 2008)。

術後の視機能とQOLの改善

変視症の改善:術後に多くの患者が変視症を訴えますが、これが術後1年以内に消失する割合は約50%であることを報告しました。術後の変視症は、網膜外層の微細構造が不完全に復位した場合に残存しやすいことが分かっています(Am J Ophthalmol, 2014)。

小視症の発生:RRD術後に小視症を訴える患者も少なくありません。この現象は、術後の黄斑浮腫や剥離網膜の復位する位置に起因する可能性があります(Invest Ophthalmol Vis Sci, 2014)。

視覚関連QOLの評価

RRD術後のQOLは、視力だけでなく、変視症やコントラスト感度の回復に大きく依存します。私たちは、術後のQOLを反映する重要な視機能の指標がコントラスト感度であることを示しました(Am J Ophthalmol, 2009, Invest Ophthalmol Vis Sci, 2014)。

増殖糖尿病網膜症に関する研究と知見

増殖糖尿病網膜症(PDR)は糖尿病の重篤な合併症であり、放置すると視力低下や失明に至る可能性があります。新生血管形成や硝子体牽引による網膜剥離が特徴で、治療には眼内手術が必要となることが多いです。私たちはPDRの診断、治療成績、術後視覚機能、および患者の視覚的Quality of Life(QOL)向上に向けた幅広い研究を行ってきました。

増殖糖尿病網膜症の病態と診断

新生血管と硝子体牽引の役割

PDRの進行には網膜虚血に伴う新生血管の形成が重要な役割を果たします。岡本氏は、光干渉断層血管造影(OCTA)を用いた解析で、網膜血流の減少と新生血管形成の関連を明らかにし、これが治療介入のタイミングを評価する上での重要な指標となることを示しました。

硝子体牽引性病変の評価

硝子体牽引により新生血管が破裂することで硝子体出血や牽引性網膜剥離を引き起こすリスクが高まります。私たちはOCTを用いた硝子体と網膜の接触状態の解析により、硝子体切除術が適応となるタイミングを精確に評価する方法を提案しました(Am J Ophthalmol, 2010)。

手術成績と視覚機能の予後

視力の改善:術後視力改善の程度は、術前の網膜虚血の程度や黄斑部の状態に強く依存します。術前に黄斑浮腫が認められる場合、視力改善は限定的である可能性が高いことが報告されています(Am J Ophthalmol, 2010)。

変視症と不等像視:術後の変視症や不等像視は患者のQOLに大きな影響を与えます。岡本氏の研究では、術後1年以内にこれらの症状が改善する割合が約60%であることが示されています。ただし、術前の網膜損傷が重度である場合、症状が残存する可能性が高いとされています(Invest Ophthalmol Vis Sci, 2014)。

コントラスト感度とQOL:PDR術後のコントラスト感度改善は、視力回復と同様に患者満足度向上に寄与します。私たちは術後のコントラスト感度の回復が、日常生活での視覚的困難を軽減する重要な要因であると報告しました(Am J Ophthalmol, 2013)。

術後合併症とその予防

術後高眼圧:術後に高眼圧を呈する患者の割合は約20~30%で、特にシリコーンオイル使用例で高リスクとなることを報告しました。術後の眼圧管理の徹底が重要であることが明らかになりました(Eur J Ophthalmol, 2014)。

全身的要因とPDRの治療成績

血糖コントロールの影響

HbA1cの値が高い患者は、新生血管の再発や黄斑浮腫のリスクが高いことが報告されています。糖尿病専門医との連携が治療成績向上に寄与します。また血糖値を急激に下げることで一過性の遠視化となることが分かってきました(Br J Ophthalmol, 2000)。

全身的合併症の管理

腎機能障害や高血圧などの全身的合併症も、PDR治療成績に影響を与える重要な因子です。

糖尿病黄斑浮腫に関する研究と知見

糖尿病黄斑浮腫(DME)は糖尿病網膜症の主要な合併症であり、中心窩を含む網膜の浮腫によって視力が低下します。DMEの治療は、抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬、ステロイド薬、レーザー光凝固、硝子体手術など多岐にわたりますが、現在の治療の第一選択は抗VEGF薬の硝子体注射です。私たちはこれらの治療に関する臨床研究と視機能評価において重要な貢献を果たしています。

糖尿病黄斑浮腫の病態生理

DMEの発生には、網膜の血液網膜関門の破綻が重要な役割を果たします。岡本氏の研究では、黄斑浮腫の持続が視覚機能に与える長期的影響や、中心窩の微細構造との関連性が明らかにされています。

血液網膜関門の破綻

DMEでは、内皮細胞間の接着不全や血管透過性の亢進が主要な病態とされ、これが浮腫の発生と持続に寄与します。

浮腫の微細構造的特徴

DMEの本態は、嚢胞状黄斑浮腫です。この構造的特徴が視力低下と密接に関連していることが私たちの研究で示されています(Invest Ophthalmol Vis Sci, 2014)。

抗VEGF治療に関する研究

抗VEGF薬は、DME治療の第一選択肢として広く使用されています。私たちは抗VEGF薬の効果、治療スケジュール、視覚機能への影響について詳細に研究しています。

抗VEGF薬の治療効果:抗VEGF薬(ラニビズマブ、アフリベルセプトなど)は、視力の改善と浮腫の減少に有効であることが示されています。日本の患者を対象とした多施設研究を通じて、抗VEGF治療がDME患者の視覚関連QOLを向上させることが分かってきました(Jpn J Ophthalmol, 2019)。

浮腫改善のメカニズム:抗VEGF治療により、網膜血管透過性が改善し、中心窩の厚さが減少することが確認されています。特に、中心窩厚の減少が視力改善と強い相関を持つことを明らかにしています(Sci Rep, 2020)。

Treat-and-Extend法の有効性:DMEに対するTreat-and-Extend法(治療間隔を延長するアプローチ)が患者の通院負担を軽減しながら、視力改善を維持できることを報告しました(J Clin Med, 2020)。

治療開始時期の影響

治療開始のタイミングが視覚機能の予後に与える影響についても研究されています。特に、浮腫の早期治療が視力改善において有利であることが多施設研究で示されました(Br J Ophthalmol, 2020)。

硝子体手術

硝子体手術の適応

DMEに対する硝子体手術は、特に黄斑牽引が原因の場合に有効です。私たちは術前OCTで確認される牽引性病変の解除が、術後視覚機能の改善に寄与することを示しました(Am J Ophthalmol, 2010)。

視機能とQOLへの影響

変視症の評価:DME患者における変視症の有無は、術後の視覚的満足度に強く影響します。術後に変視症が残存する患者では、中心窩の微細構造が回復していないことが多いとされています(Invest Ophthalmol Vis Sci, 2016)。

コントラスト感度の評価:抗VEGF治療により、コントラスト感度が改善し、患者の日常生活における視覚的困難が軽減されることが示されています。これは視力の改善とは独立した効果であり、患者満足度を向上させる重要な因子です(Jpn J Ophthalmol, 2014)。

全身的因子との関連性

HbA1cの影響:血糖コントロールが良好な患者では、抗VEGF治療や手術の視覚的予後が良いことが分かりました(J Clin Med, 2020)。

腎機能の関与:腎機能障害を有する患者では、黄斑浮腫の再発率が高く、治療が困難となる場合があることが示されました(Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol, 2016)。

網膜静脈閉塞症(BRVO・CRVO)に関する研究と知見

網膜静脈閉塞症は、中高年層に多い網膜血管疾患であり、分枝静脈が閉塞するBRVOと中心静脈が閉塞するCRVOに分類されます。これらは視力低下を引き起こし、特に黄斑浮腫(macular edema, ME)が主要な原因となります。
私たちはこれらの疾患の治療、視機能の評価、および生活の質(QOL)への影響について包括的な研究を行っています。

網膜静脈閉塞症の病態と診断

病態生理:BRVOとCRVOは、網膜静脈の血流障害によって網膜の虚血や血液網膜関門の破綻が生じる疾患です。

BRVO

分枝静脈閉塞では、閉塞部位の近位側に網膜内出血や浮腫が局在します。黄斑領域が巻き込まれることで視力低下が起こります。

CRVO

中心静脈閉塞は網膜全体に影響を及ぼし、出血と浮腫が広範囲に認められます。虚血型では網膜虚血が重度であり、新生血管緑内障(NVG)のリスクが高いとされています。

診断と画像評価

OCT(光干渉断層計)やOCTアンギオグラフィーを用いた詳細な網膜構造評価が行われています。

黄斑浮腫の構造的特徴:OCTで観察される嚢胞様浮腫の分布や中心窩厚(CFT)は、 疾患の重症度と治療効果の評価に有用です(Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol, 2021)。

血流評価:OCTアンギオグラフィーにより、虚血領域や毛細血管の密度が視力予後と関連することが示されています(Sci Rep, 2021)。

抗VEGF療法と治療効果の評価

抗VEGF療法はBRVOおよびCRVOにおける黄斑浮腫の治療の第一選択肢です。私たちは、抗VEGF薬(ラニビズマブ、アフリベルセプト)の治療効果、治療間隔の最適化、および視覚機能改善に関する研究を行っています。

視力改善:抗VEGF薬は黄斑浮腫の改善を通じて視力を向上させることが確認されています。短期的な視力改善に加え、長期的な治療効果も報告されています(Br J Ophthalmol, 2020)。

中心窩厚の減少:治療により、黄斑浮腫の主要指標である中心窩厚が著しく減少することが示されています。この効果は、早期治療が開始された症例で顕著です(Ophthalmology Retina, 2021)。

Treat-and-Extend法:抗VEGF治療の治療間隔を徐々に延長するTreat-and-Extend法は、患者の通院負担を軽減しつつ視力を維持する有効な方法として報告しました(J Clin Med, 2021)。

個別化治療の重要性:患者の虚血の程度や嚢胞様浮腫の特徴に応じて治療間隔を調整することで、より効果的な治療が可能ことが分かってきています(Sci Rep, 2020)。

BRVOおよびCRVOにおける視機能とQOLの評価

変視症:黄斑浮腫の特徴的な症状である変視症は、視覚関連QOLに大きな影響を与えます。治療後も変視が完全に解消しない症例では、黄斑内層の構造異常が残存している場合が多いことが報告されています(Invest Ophthalmol Vis Sci, 2018)。

コントラスト感度:抗VEGF治療は視力だけでなくコントラスト感度の改善にも寄与することが示されています。この改善は日常生活での視覚的満足度を向上させます(Br J Ophthalmol, 2021)。

立体視の改善:立体視は網膜の微細構造と密接に関連しており、治療後の立体視の改善は患者のQOL向上に寄与します(Sci Rep, 2021)。

QOL評価の重要性:私たちは視力だけでなく、患者の主観的な視覚的困難を評価することの重要性を強調しています。治療後のQOL改善は、視覚機能の複数の要素(変視、コントラスト感度、立体視など)に依存することを明らかにしました(BMJ Open Ophthalmol, 2022)。

長期的な治療成績と予後因子

早期治療の重要性:治療開始の遅れが視力予後に悪影響を及ぼすことが確認されています。特に、CRVOでは黄斑浮腫の慢性化が視覚機能の回復を阻害します(J Clin Med, 2021)。

虚血の重症度:虚血型CRVOでは、治療が適切であっても視力予後が不良である場合が多いとされています(Ophthalmology Retina, 2020)。

眼外傷に関する研究と知見

眼外傷は失明を引き起こす可能性のある重大な疾患であり、特に開放性眼外傷(open globe injuries, OGI)はその重篤性から早急かつ適切な対応が必要とされます。私たちはは眼外傷の疫学、治療成績、予後因子、さらには発生要因に関する研究を幅広く展開しています。

日本における眼外傷の特徴

私たちは日本国内の基幹病院と連携して、開放性眼外傷に関する大規模な多施設共同研究を行い、その疫学的特徴を明らかにしました。

患者の特徴:眼外傷患者の平均年齢は50歳前後であり、男性が多数を占めます。年齢層別にみると、若年者ではスポーツや作業中の外傷、高齢者では転倒や家庭内事故が主要な原因であることが示されています(Jpn J Ophthalmol, 2019)。

外傷の原因:交通事故、転倒、労働災害、スポーツ外傷が主な原因として挙げられます。特に交通事故では、失明に至るリスクが高いことが確認されています(Retina, 2019)。

予後に関連する要因
視力予後に影響する主な因子として以下が挙げられます。

  • 外傷時の初期視力
  • 外傷の程度(重度の角膜裂傷や脈絡膜剥離の有無)
  • 眼内容物の逸脱
  • 網膜剥離や硝子体出血の併発
  • 外傷部位とその広がり(Ophthalmol Retina, 2020)

手術後の視力改善:初期視力が光覚以上の症例では、適切な治療により約50%の症例で視力の回復が見られることが示されています。ただし、光覚が消失している場合は、視力回復の可能性が著しく低下することを報告しました(Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol, 2018)。

眼外傷の分類と治療成績

スポーツ外傷:スポーツ外傷は主に鈍的外傷であり、角膜裂傷や前房出血が多く見られます。開放性眼外傷が発生する場合も少なくありません(Acta Ophthalmol, 2018)。視力予後は比較的良好ですが、眼内異物が存在する場合や網膜剥離を併発した場合は、治療が困難となることがあります。

転倒外傷:高齢者では転倒による眼外傷が多く見られます。転倒外傷はしばしば強膜や角膜の裂傷を伴い、眼球破裂を引き起こすことがあります。適切な早期治療が行われても視力予後は比較的不良であり、再発性の網膜剥離や新生血管緑内障が後遺症として残る場合があります(Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol, 2018)。

交通事故:交通事故による眼外傷は重篤なケースが多いです。眼内容物の逸脱や眼球破裂が頻繁に見られ、視力喪失のリスクが高いです。予後も不良であり、約30%の症例で失明が報告されています。交通事故による外傷では、網膜剥離や硝子体出血が併発していることが多いため、複数回の手術が必要となることがあります(Retina, 2019)。

視覚関連QOLと心理的影響

眼外傷患者は、外見的な変化や視覚機能低下による社会生活への影響を訴えることが多く、心理的サポートが重要とされています(Jpn J Ophthalmol, 2019)。

網膜の基礎研究

私たちは網膜硝子体疾患の治療法向上を目指し、基礎研究においても多大な貢献を果たしています。特に、人工硝子体の開発は、世界的にも注目される研究領域の一つです。本研究は、硝子体手術の後処置における現在の課題を解決し、患者の視機能と生活の質(QOL)を向上させることを目的としています。

人工硝子体の必要性

硝子体手術では、術後に眼内を物理的に支持するためにガスやシリコーンオイル(SO)などの代替物質が使用されます。しかし、これらの物質には以下のような課題が存在します。

短期間しか使用できない

ガスは一定期間で吸収され、シリコーンオイルは眼内で乳化するため、長期的な眼内充填には適していません。

副作用の発生

ガスやシリコーンオイルは眼圧上昇や白内障の進行,角膜障害や網膜毒性をもたらす可能性があります。

再手術の必要性

シリコーンオイルは必ず抜去手術が必要であり、患者は再手術をしなければなりません。

これらの課題を解決するため、私たちは人工硝子体の研究開発に取り組んでいます。

人工硝子体の設計と特徴

使用素材の選定

人工硝子体の候補として最も適しているのはハイドロゲル(hydrogel)です。ハイドロゲルは以下の特性を持つため、人工硝子体として理想的な素材とされています。

透明性:ヒト硝子体に近い透明度を持つ。

生体適合性:眼内組織に対する毒性が低い。

弾性と柔軟性:硝子体に近い物理特性を再現可能。

長期安定性:分解や混濁が起こりにくい。

私たちと東大工学部の研究グループは、ポリエチレングリコール(PEG)を基盤としたハイドロゲルに注目しました。しかし従来のハイドロゲルは以下の問題を抱えていました。

膨潤による眼圧上昇

吸水性が高い素材では、眼内で膨らみ眼圧を上昇させるリスクがありました。

混濁の発生

眼内での長期使用により混濁が発生し、視機能を低下させる可能性がありました。

私たちは低ポリマー濃度でありながら迅速にゲル化するハイドロゲルを開発しました。この新しいハイドロゲルは、眼内での膨潤が抑えられ、長期的に透明性を保つことが実証されています(Nature Biomedical Engineering, 2017)。

動物モデルにおける検証

この新しい人工硝子体の有効性と安全性を動物モデルで検証しました。

ウサギモデルでの長期試験

新しいハイドロゲルをウサギの硝子体腔に注入し、1年以上にわたる観察を実施しました。その結果、眼圧上昇や炎症反応がほぼなく、混濁の発生も抑えられていることが確認されました。

網膜剥離モデルでの応用

網膜剥離を誘導したウサギモデルにおいて、新しいハイドロゲルを注入したところ、剥離した網膜が効果的に復位し、網膜剥離の再発が抑制されることが確認されました。この結果は、ハイドロゲルがガスやシリコーンオイルの代替として使用できる可能性を示しています(Nature Biomedical Engineering, 2017, Exp Eye Res, 2018)。

人工硝子体の臨床応用の可能性

視機能への影響

新しい人工硝子体は、ヒト硝子体とほぼ同等の屈折率を持つため、術後早期から良好な視機能を提供できると考えられています。これにより、患者の術後生活が大幅に改善する可能性があります。

日帰り手術の促進

従来のシリコーンオイルやガスでは術後にうつ伏せ体位が必要でしたが、人工硝子体の使用によりこれが不要となる可能性があります。これにより、日帰り手術の適応拡大が期待されています。

医療経済への寄与

再手術が不要となることで、患者の経済的負担が軽減されるだけでなく、医療資源の効率的な利用が可能となります。

人工硝子体の開発は、硝子体手術における革新的な進展をもたらす可能性を秘めています。本研究は患者の術後QOL向上と医療経済の改善に寄与し、網膜疾患治療の新しいスタンダードを築くことが期待できます。将来的に人工硝子体が臨床応用されることで、多くの患者様が恩恵受けることが私たちの夢です。

おわりに

私たちの研究は、これからも続きます。網膜疾患の診断・治療の向上に貢献し、臨床研究と基礎研究を組み合わせたアプローチにより患者様のQOL向上を目指し、今後の眼科医療において重要な役割を果たすことを夢見て頑張っております。

ページトップへ戻る ページトップへ戻る